2005年10月30日作成
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三重県鳥羽市国崎町 (海士潜女神社


                   




 
二船祭り (にふねまつり) 
熨斗鮑(のしあわび)で知られる国崎(くざき)の伝統的な祭りである。海女の祖を祀る海士潜女(あまかずきめ)神社の祭礼で、国崎(くざき)の谷を挟んで、里谷(さとたに)地区と海間谷(かいまたに)地区に別れ、青年が2隻の手漕ぎ船に5人ずつ乗り組んで速さを競い合い、その勝敗によって豊漁を占う神事である。里谷が勝てばボラが、海間谷が勝てばイワシが多く捕れると伝えられている。毎年11月23日の祝日に行われている。

海を見下ろす高台にある海士潜女(あまかずきめ)神社
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JR鳥羽駅バスターミナルから45分足らずで、終点の国崎(くざき)漁港に着く。バスを降りると磯の香りが広がる港がすぐ目の前にあった。港は早朝から活気があり、獲れたばかりの魚を水揚げしていた。

朝の国崎(くざき)漁港
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午前10時になると、海士潜女(あまかずきめ)神社の拝殿で、神職らにより、厳かに二船祭り神事が始まった。


二船祭り神事

海士潜女神社には、伊勢神宮に熨斗鮑を初めて献上したと伝えられる、海女・お弁が祀られており、地元の海女たちの厚い信仰を受け、めまい除けにと訪れる人が後を絶たない。拝殿には巨大なあわびが奉納されている。

拝殿に奉納されている鮑(あわび)

鎧崎(よろいざき)灯台
広大な海を見下すように立つ白亜の灯台は、志摩半島の最東端にある。海の難所として昔から漁師たちが恐れた鎧崎の荒々しい岩礁には、白い波が打ち寄せる。灯台は八角形コンクリート造りで高さは9.6mある。鎧崎(よろいざき)の名前は、倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大神鎮座の地を求めて国崎に立ち寄った際に、岬で鎧を外したことから命名されたという。

白亜の鎧崎灯台
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灯台直下に砕け散る荒波
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ここ国崎(くざき)は親潮と黒潮の出会う海域が目の前にある。それだけに海産物が豊富に獲れる。また海女漁を中心とした漁業も昔から盛んに行われている。今も大勢の海女さんたちが海に潜っている。


岩礁の沖には遠州灘が広がる
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海士潜女神社で神事が行われている間に、鎧崎(よろいざき)の浜にでは、若者たちが和船の座席に藁束(わらたば)を備え付けるなどの準備をしていた。

和船に座席用の藁を敷く


                      二船祭りが行われる鎧崎の浜     (正面の小高い丘に鎧崎灯台が立っている)
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神社での神事が終わる頃、鎧崎の浜で禊ぎを終えた里谷(さとたに)の若者二人が、古代装束に身にまとい、櫂(かい)を担いで神社に向かった。舳先(へさき)に座る漕ぎ手と最後部の舵取り役がその役を務めることになっていて、神職たちにより御祓いと激励を受け、再び鎧崎の浜に戻る。

櫂を担いで神社に向かう里谷の若者
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海士潜女神社に参拝する里谷の若者

国崎公民館の前に、昼食兼、気付けの飲み会を終えた若者たちが羽織の正装で姿を現した。ここから歩いて5分ほどの距離にある鎧崎の浜に向かい、全員が全裸で禊を行う。

公民館前に集まった主役たち
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